肺がん:「患者」として、生き抜く力

ステージ4でも諦めない。 肺がん治療の発展に向けて、 患者仲間とともに歩む

May 30, 2018

「私のがんは、初期にはまったく自覚症状はありませんでした。ですから、もっと早く病気を見つけられなかったのかと、つい考えてしまいます。確定診断直後は、私も家族も何が理由で病気になったのか原因探しをしたほどです」

長谷川さんに肺がん(腺がん)が見つかったのは39歳のときでした。非喫煙者だった長谷川さんは、ただ風邪をひいて咳が続いていると思っていたそうです。

病気が見つかる一週間後には人間ドックを受ける予定でした。「あと半年でも早く人間ドックを予約していたら、ステージ4になる前に病気を見つけられたのでは」という思いが今でも残っているといいます。

告知を受けたとき、想像していた以上に病気が進行していたという事実を突きつけられ、徐々に精神的にも追い詰められていきました。 「体調の悪い自分に代わって、妻が病気や治療方法、病院などについて調べ、何とかしようと積極的に動いてくれました。家族が支えてくれたおかげで、セカンドオピニオンも受けて、納得のいく治療を選択しようという前向きな気持ちになることができたのです」

現在までに長谷川さんが門をたたいた医療機関は10か所以上。多くの医師に意見を求めたといいます。一刻も早くセカンドオピニオンを受けて、別の医師の意見も聞きたいのに、そのためには想像以上に時間がかかる場合もあります。それでも長谷川さんは自分自身が納得できる治療を選択するために、諦めませんでした。がんが進行して、病状が悪化していくことを受け入れるのは容易なことではありませんが、がん患者にとって病気と向き合うことは大切なことです。長谷川さん自身、医師の話を聞き、自分でもとことん調べて選択した治療の後に、がんが進行していた事実を聞いたとき、不思議なくらい自然に受け入れることができたといいます。

「同じ薬を使うにしても自分が納得して治療を受けたい。『とことん調べた結果なら、ダメでも仕方がないじゃないか』と思えた瞬間があったのです。その時は、なぜかとてもすがすがしい気持ちになりました。」

患者団体を通じて有益な情報交換を

肺がんと診断されてから5年後、長谷川さんは患者団体を立ち上げました。NPO法人 肺がん患者の会ワンステップです。当時は「もう自分にはできる治療がない」と考え、追い詰められていた時期でした。それでも、同じ病気と闘っている人たちと話がしたいという長谷川さん自身の思いが、患者団体を立ち上げるきっかけとなりました。

たくさんの仲間たちと出会い、情報交換をする中で、自分自身の病気を知って向き合い、能動的に医療に関わってゆく「患者力」の重要性を強く感じるようになります。2016年にウィーンで、2017年には横浜で開催された世界肺癌学会に参加したのも、患者の力で少しでも治療や医療を変えていきたいという思いからでした。 「世界肺癌学会に参加したとき、自分が患者であることを伝えると、多くの方から『ありがとう』と感謝の言葉をかけられました。オープンな場所で患者の立場から発言を続けていくことで、医療が今まで以上に進歩し、よりよい治療につながると考えている人が世界にはたくさんいるのです。すでにアメリカでは患者団体の力によって地域の病院の医療の底上げをしようという動きが生まれているので、日本も早くそうなればいいなと思っています」

2016年には、日本肺がん患者連絡会と日本肺癌学会との連名で、肺がん治療薬使用に関する要望書を厚生労働省に提出しました。それがきっかけとなって問題の早期改善につながったこともありました。長谷川さんが目指している「患者力」の土壌が日本でも出来つつあるようです。

新しい遺伝子変異の発見が希望に

患者団体を通して、もうひとつ長谷川さんが積極的に取り組んでいることがあります。それはプレシジョン・メディシンや個別化治療などと呼ばれる新しい医療の発展に向けて患者の側から働きかけることです。

肺がんをはじめとするいくつかのがんのなかには、遺伝子が変異することで引き起こされるタイプのものがあるとわかってきました。特定の遺伝子の変異が原因だとわかった場合、そのターゲットだけを効率的に狙い撃ちできる薬が開発されることで、効果的な治療が期待できます。

長谷川さん自身には、現在わかっている肺がんの原因となる遺伝子変異は見つかりませんでした。 「私が肺がんと診断されて治療を始めた頃は、肺がんにはEGFR(上皮成長因子受容体)とALK(未分化リンパ腫キナーゼ)の2つの遺伝子変異に対する薬しかありませんでした。現在では研究が進み、その2つの遺伝子以外にも、がんを引き起こす原因となっている遺伝子が存在することがわかってきました。もちろん、そういった遺伝子変異を標的とした治療薬もどんどん増えてきています」

将来、長谷川さんの病気の原因となっている遺伝子が特定される日がくるかもしれません。「そう考えると、プレシジョン・メディシンについて学ぶために、もっと医師から話を聞きたくて」といいます。

長谷川さんが主宰する患者団体では、肺がんの原因となっている遺伝子変異のタイプ毎にグループになって対話する「おしゃべり会」を行っています。また、肺がん研究を行っている病院で実施している遺伝子スクリーニングや治験に関する情報を積極的に紹介しています。

「病気がわかり、心が揺れて不安だらけだったときに『できないことを数えるのではなく、できることを数えてください』と看護師さんから声をかけてもらいました。その言葉をずっと大切にしていて、現在でも患者団体で実践をしています。今後どんな状態になっても、できることは必ずあると信じて毎日を過ごしています」

肺がんは、プレシジョン・メディシンや免疫チェックポイント阻害剤の登場などによって目覚ましく医療が進歩し、かつては月刻みだった余命が年刻みになりました。一方で、依然として日本におけるがんによる死亡数が一位という現実があります。

「自分の病気のことを知って、向き合い、残された時間をどう生きるかを、自分で決める力があるかどうか。医師や薬剤師などの医療者や製薬会社が患者の命を延ばし、それを受けて患者は人生を送る。それこそが、『患者力』の根源なのではないかと、僕は思っています。」

NPO法人 肺がん患者の会 ワンステップ
http://www.lung-onestep.jp/