多発性硬化症:難病でも私らしく生きる

周囲の人にはなかなか伝わらない、制限を伴う生活。それでも日々諦めず、前向きに生きていきたい

Feb 10, 2023

難病に罹患して一変する日常生活

「家族のことや仕事、地域の活動などで忙しく、いつも自分のことは後回しになっていました。もう少し、早く病気がわかっていれば、まだ歩けていたかもしれないと考えてしまうこともあります」

今回は、多発性硬化症に罹患してしまった渡辺えみ子さんがご自身の経験を話してくれました。最初は目の調子が悪いと感じるようになり、家の近所の眼科医を訪ねたそうです。物が二重に見える、店の照明が異常にきらきらと光って見えるなどの症状を伝えましたが、そこでは更年期障害と老眼だと診断されました。えみ子さんはその診断に違和感を覚えつつも、老眼鏡を作るために眼鏡屋へ赴きました。しかし、その店のスタッフから、老眼の症状とは思えないので早く専門性の高い病院へ行ったほうがいいと勧められたのです。

大きな病院で診てもらうには紹介状がいると考え、次の眼科では目の症状だけではなく、よくつまづくようになったことなどを伝え、「MRIを撮りたいので、紹介状を書いてください」と願い出ました。当時、看護師として働いていた経験から、目だけではなく全身の検査が必要だと感じたのです。そして、紹介状をもらい脳神経外科へ行き、CTとMRIを撮りました。すると、えみ子さんが見ても明らかに「おかしい」と感じる病変らしきものが写った画像があったのです。しかし、画像だけでは病名はわからず、その日は詳しい追加の検査も薬もなく、しばらくしたら再度来るようにと伝えられただけでした。ところが、再び病院を訪れる前に倒れてしまいます。

「ちょうど連休前だったので、次の通院までしばらく日数がありました。ある日、ひどい頭痛がするので横になっていたのですが、いざ起き上がろうと思って体を起こしたら、足が痺れて立てなくなってしまっていたのです。しばらく待ってみても、一向に状態はよくなりません。頭痛もあいかわらずひどく、これはただ事ではない、早く病院へ行かなくては大変なことになると思いました。しかし、家族は出かけていて誰もいませんでした。腕を使っていざり歩いて、何とか救急車を呼びました」

MRIを撮った病院に運んでもらい、すぐに入院となりました。しかし、なかなか確定診断に至らず、その後転院をし、そこでようやく多発性硬化症の告知を受けたのです。多発性硬化症とは脳や脊髄、視神経に病巣ができ、脳の情報をスムーズに伝えることができなくなる病気で、再発と寛解を繰り返すのが特徴です。発病の原因が解明されておらず、難病に指定されています。

周囲の人の抱くギャップに悩む日々

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いつも笑顔を絶やさず、はきはきとした受け答えをするえみ子さん。元来の明るい性格が、周囲の人を惹きつけます。しかし、そのためなのか、周りの人に病気のことを理解してもらえないことも多いと言います。
「車いすに乗らないと移動さえできないのに、『元気そう』と言われて。他の人にサポートを頼んでも『自分でできるのでは?』と言われたこともありました。私があまり人に頼れず、つい自分で何とかしようとしてしまう性格なのもありますが、手助けが必要なときに手を貸してもらえないのは辛いですね」
何でも自分で頑張ろうとしてしまうえみ子さんは、「やればできるのでは?」という周囲のイメージとのギャップに悩んでいます。以前は簡単にできていたのに、今では続けるのが困難になってしまったことがあります。そのひとつが日常のごみ捨てでした。

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「私の住んでいる地域では、決まった曜日の決まった時間に出さなければなりません。病気にかかる前はどうってことはありませんでしたが、今は体調によっては、ごみ捨てさえもできません」

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それ以外では、外出時の坂道や階段で困難を感じています。車いすの方に配慮して作られたはずのスロープが、急勾配でまったく登ることができず、がっかりしたこともあるそうです。
「車いす用のスロープを設計される方は、実際に車いすに乗ってみて体験してほしいですね。そうすれば、どれくらいの勾配のスロープならば無理なく進めるのかわかると思うので。坂道も大変ですが、車いすで段差を上がるのは本当に難しいです。かなり練習をしましたが、数センチがやっとで、普通の階段はとても無理ですね」

多発性硬化症は人によって現れる症状も違い、なかなか理解されにくい病気です。多くの人に、まずは病気のことを知ってもらいたいと言います。そして、目の前に困っている人がいたら「大丈夫ですか?」と声をかける人が少しでも増えてほしいとえみ子さんは願っています。

仲間を得て前向きに生きるように

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車いすを使って外出をするえみ子さんに対し、ご家族は体を心配して、家にいたほうがいいのではと言うこともあるそうです。しかし、「後悔したくない」という思いで、行きたいところには積極的に出かけています。そんなえみ子さんの一番の心の拠り所は多発性硬化症の方が集まる患者会です。難しい病気と闘いながらも明るさを失わずに、活発に意見交換をしている方が多く集まっているそうです。えみ子さんは、周囲の人や主治医に対しても自分の状態や希望を伝える大切さを教えてもらったと言います。
「治療や専門医の情報なども患者会で教えてもらっています。多発性硬化症は希少疾患なので、住んでいる場所に専門医の先生がいない人も大勢いますし、主治医とのコミュニケーションに課題を感じている患者さんもいます。」

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えみ子さんも主治医とのコミュニケーションを深めるために、自分自身の状態を記した手作りのカルテに日々の症状や体の状態を書き込み、それを見てもらっていると言います。明るく話してくれるえみ子さんの姿から、多発性硬化症と共に前向きに生きようという決意を感じることができました。

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これからやってみたいことを伺うと「情報発信」と答えてくれました。SNSにも積極的にチャレンジし、多発性硬化症のことを多くの人に知ってもらいたいと言います。病気への認知が深まれば、日常生活の中で困難を抱える人への理解が進むと考えているからです。ご自身のためにも、同じ病気を抱える仲間のためにも、誰もが暮らしやすい社会を目指して、えみ子さんの挑戦は続きます。